ブルーノ・タウトは、クラフト・インテリア・建築系の出身者のある年代より上の層であれば、名前を知らなければいけない存在であった。彼自身は建築家であるのだが、日本では、「日本文化私論」「日本美再発見」等の著作で知られ、仙台の工芸指導所、高崎の工芸試験所で日本の工芸の再評価と改良指導と、桂離宮の再評価を行ったガイジンデザイナーという理解が一般的だったのではないだろうか。
ブルーノ・タウト。和辻哲郎。柳宗悦。等の日本発見組の著作を通過しながら、桂離宮、日本の民芸等を評価し、戦後の川添登から黒川紀章へと?がる、日本のデザインに自身を持とう・・・・という一連のつながりがあったといえる。バウハウス、コンテンポラリーなアメリカンデザイン、スカンディナビアデザイン、イタリアンデザイン等々、次々に輸入されてくる外来デザインの洗礼に対し、日本人デザイナーとしての心の拠り所的な存在であったのではなかろうか。

という私も「日本美再発見」でタウトを学んだわけなのだが、発掘再整理された資料により編纂された「タウトの撮ったニッポンは」、様々な意味で、新しいタウト像を見せてくれる写真集である。 昔の限られた資料・情報源で理解していた姿と、現在の研究者が あちらこちらで発掘した新資料から得た姿は、相当異なっているといういのは、最近色々な分野で良く目にするが、タウト像も、現代の目で見直すと、かなり印象が異なっていたと言うのが正直が所であった。・・・・・・・・
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